あれは、私が古い木造アパートの二階で一人暮らしをしていた、数年前の猛暑の夜のことでした。その部屋には壁掛けエアコンを設置するスペースがなく、私は中古で購入した窓用エアコンを自分で取り付けて使用していました。安くてすぐに冷えるので重宝していましたが、まさかあんな悪夢の舞台になるとは思ってもみませんでした。一日の仕事を終えて疲れ果て、寝る前に部屋を冷やそうとエアコンのスイッチを入れたその瞬間です。吹き出し口のルーバーがゆっくりと開くと同時に、「カサカサッ」という乾いた不気味な音が響きました。何事かと思って目を凝らした瞬間、冷たい風に乗って体長四センチはあろうかという巨大なクロゴキブリが、まるでダイビングでもするかのように私の足元へと飛び出してきたのです。その時の衝撃と絶望感は、今思い出しても全身の毛穴が逆立つほどです。パニックになりながらもなんとか退治しましたが、恐怖はそれで終わりませんでした。ふとエアコンを見上げると、蛇腹状のパネルの僅かな隙間に、さらにもう一匹の長い触角がゆらゆらと動いているのが見えたのです。私はその夜、エアコンを消すこともできず、かといってつけたままで眠ることもできず、部屋の真ん中でスリッパを握りしめたまま朝を迎えました。翌日、明るい光の中でエアコン周りを点検して愕然としました。自分で取り付けた際、窓のサッシと本体の間にあった一センチほどの隙間を「これくらいなら大丈夫だろう」とガムテープだけで適当に塞いでいたのですが、そのテープが熱で剥がれ、そこが奴らにとっての「正面玄関」になっていたのです。さらに、エアコンの背面にある排水口付近には、奴らが好む湿気とホコリが溜まっており、そこを拠点にして機械の内部を自由に通り抜けていたようでした。私はすぐに全てのテープを剥がし、ホームセンターで強力な隙間埋め粘土と厚手のクッションテープを買い込んできました。隙間という隙間をこれでもかというほど埋め立て、さらに窓の外側に殺虫成分入りの忌避剤を一本丸ごと撒き散らしました。あの夜の出来事は、私に「窓用エアコンの管理の甘さは、自宅の中に害虫の拠点を許すことと同じだ」という手痛い教訓を教えてくれました。それ以来、私はエアコンの動作音に少しでも異変を感じたら即座に内部を確認し、シーズンが終わるたびに徹底的な清掃を行うようになりました。吹き出し口から飛び出してきたあの黒い影の残像は、今でも私の防虫意識を高く保たせるための、消えることのない警報装置となっています。