あれは私が一人暮らしを始めて間もない、蒸し暑い夏の夜のことでした。読書をしていた私の視界を、壁に映る巨大な影が横切りました。見上げると、そこには天井付近に止まる、手のひらほどもある「巨大な蚊」がいました。私は一瞬で全身の血の気が引き、心臓が激しく鼓動するのを感じました。「あんなに大きな蚊に刺されたら、毒で腕が腫れ上がるのではないか」「一晩中この部屋にいたら、血を吸い尽くされてしまうのではないか」という極端な妄想が頭を駆け巡りました。私は即座に部屋の隅に避難し、スリッパを握りしめてその影を監視し続けました。ハチのように羽音を立てて不器用に飛び回るその姿は、私にとっては恐怖の象徴そのものでした。結局その夜、私はその虫を仕留めることができず、リビングのソファで布団を頭から被り、戦々恐々としながら朝を迎えました。翌朝、明るい光の中で調べたところ、その虫の正体がガガンボであることを知りました。そして、最も驚いたのは、彼らが「絶対に人を刺さない」という事実でした。昨夜の私の絶望的な恐怖は、単なる知識不足が生み出した滑稽な一人相撲だったのです。ネットの記事には、ガガンボは蚊に似ているけれど毒も針もなく、むしろ非常に臆病で弱い虫だと書かれていました。実際に窓際にいたその虫をよく観察してみると、確かに蚊のような鋭利な印象はなく、どこか不器用で儚げな動きをしていました。私は窓をそっと開け、クリアファイルを使って彼を外へと促しました。その際、彼の長い脚が一本、私の指に触れましたが、痛みなど全くなく、むしろその繊細な質感に驚きました。この体験から、私は「正体を知らないこと」がいかに恐怖を増幅させるかを学びました。ガガンボは見た目が派手で不気味なために損をしていますが、実態は無害な隣人に過ぎなかったのです。もしあの夜、私が正しい知識を持っていたら、あんなに惨めな思いでソファで震えることも、彼を敵として憎むこともなかったでしょう。それ以来、私は家の中に大きな虫が現れても、まずは名前を調べ、その性質を理解する努力をするようになりました。ガガンボは私に、自然界の多様性と、イメージだけで判断することの危うさを教えてくれたのです。今では、網戸に止まるガガンボを見かけても、「また来たのか」と心の中で声をかける余裕さえ生まれました。