私が、生まれて初めて一人暮らしを始めたのは、壁の薄い、木造の古いアパートでした。自由という名の解放感に浸っていたのも束の間、私の平和な城は、すぐに招かれざる客たちの襲撃を受け始めました。春には、天井の隅に足長い蜘蛛が巣を張り、夏になると、夜な夜な、黒光りする悪魔(ゴキブリ)が、キッチンの床を横切りました。虫が大の苦手だった私は、遭遇するたびに悲鳴を上げ、友人に電話をかけては泣きつく、という情けない日々を送っていました。その日も、そうでした。ベッドで本を読んでいると、壁に、見たこともないほど巨大なアシダカグモが現れたのです。私は、声にならない叫びを上げ、部屋から飛び出し、アパートの廊下で膝を抱えて震えていました。もう、この家には住めない。本気でそう思いました。どれくらいの時間が経ったでしょうか。恐る恐る部屋に戻ると、蜘蛛の姿は、もうどこにもありませんでした。しかし、私の心は、恐怖で完全に支配されていました。その夜、私は一睡もできませんでした。そして、夜が明けるのを待って、私はドラッグストアへと走りました。ありとあらゆる虫対策グッズを、かごに詰め込みました。殺虫スプレー、ベイト剤、燻煙剤、防虫キャップ、隙間テープ。その総額は、一万円近くになりました。その日から、私の反撃が始まりました。まず、家中の隙間を、執念で塞ぎました。そして、燻煙剤を焚き、家全体を一度リセット。その後、計算し尽くしたポイントに、ベイト剤を配置しました。毎晩、寝る前には、水回りを完璧に拭き上げ、ハッカ油スプレーを撒きました。それは、もはや脅えではありませんでした。「絶対に、入らせない」。それは、自分の城の平和を、自らの手で取り戻すための、静かなる決意でした。不思議なことに、その日から、ぱったりと、私は虫の姿を見なくなりました。そして、それに気づいた時、私の心から、あれほど根深く巣食っていた虫への恐怖が、すっと消えていることに気づいたのです。恐怖とは、無知と無策が生み出す幻影なのかもしれません。