それは、夏の暑さがまだ残る九月のことでした。共働きで忙しく、少し前に特売で買った十キロ入りのお米の袋を、キッチンの隅に置いたままにしていたのです。ある日の夕食の準備中、その米袋からお米を計量カップですくおうとした私は、カップの中に見慣れない黒い粒がいくつか混じっていることに気づきました。最初は、お米の籾殻か何かだろうと、指でつまみ出そうとしました。その瞬間、その黒い粒がもぞりと動いたのです。全身に鳥肌が立ちました。それは紛れもなく、小さな虫でした。恐る恐る米袋の中を覗き込むと、そこには一匹や二匹ではない、おびただしい数の黒い虫たちが、白いお米の海の中をうごめいていたのです。それは、私の人生で最も食欲を失った瞬間でした。パニックになりながらも、私はその米袋の口を固く縛り、さらに大きなゴミ袋で二重に包み、ベランダの隅へと隔離しました。しかし、悪夢はそれだけでは終わりませんでした。もしかして、と思い、近くにあったパスタの袋や、開封済みのホットケーキミックスの箱を確認すると、そこにも同じ黒い虫が侵入していたのです。どうやら、米袋で大発生した虫たちが、新たな餌を求めてキッチン中を徘徊し始めていたようでした。その夜、私はキッチンにあるほとんどの乾物を泣く泣く処分する羽目になりました。あの時、特売に目がくらんで大袋を買い、ずさんな管理をしていた自分をどれほど呪ったことか。この苦い経験から学んだのは、お米は「使う分だけを買い、正しく保存する」という基本がいかに大切かということ。そして、一度虫を発生させてしまうと、その被害は一箇所にとどまらないという恐ろしい事実でした。あの日以来、我が家でお米を常温で保存することは、固く禁じられています。