クローゼットの中に、様々な素材の衣類が並んでいるにもかかわらず、なぜか虫食いの被害に遭うのは、いつもウールやカシミヤ、シルクといった、比較的高価な天然素材ばかり。そう感じたことはありませんか。それは決して偶然ではなく、衣類を食べる害虫たちの食性に基づいた、明確な理由が存在するのです。ヒメカツオブシムシやイガといった衣類害虫の幼虫が、主食としているもの、それは「ケラチン」というタンパク質です。ケラチンは、動物の毛や皮膚、爪などを構成する主成分であり、彼らにとって、成長するために不可欠な栄養素なのです。そして、私たちが愛用するウールやカシミヤ、アンゴラ、モヘアといった獣毛繊維は、まさにこのケラチンそのものでできています。シルクもまた、蚕という昆虫が作り出すタンパク質繊維です。つまり、彼らにとって、これらの動物性繊維でできた衣類は、栄養満点で消化しやすい、極上のご馳走なのです。一方、綿や麻といった植物性繊維は、主成分がセルロースであるため、ケラチンを好む衣類害虫にとっては、基本的には消化できず、食料としての魅力はありません。同様に、ポリエステルやアクリルといった化学繊維も、石油などを原料として人工的に作られたものであるため、彼らの餌にはなりません。では、なぜ綿のシャツや、化学繊維との混紡製品まで虫食いの被害に遭うことがあるのでしょうか。その原因は、繊維そのものではなく、そこに付着した「汚れ」にあります。たとえ化学繊維の衣類であっても、汗や皮脂、食べこぼしのシミといった、タンパク質や糖質を含む汚れが付着していると、虫たちはその汚れを栄養源として食べようとします。そして、その汚れを食べる際に、周囲の繊維まで一緒に食い破ってしまうのです。これが、化学繊維でも虫食いが起こるメカニズムです。つまり、衣類を虫から守るための基本は、まず、虫の主食である動物性繊維の衣類を、防虫剤などで重点的に保護すること。そして、素材の種類にかかわらず、全ての衣類を清潔な状態に保ち、虫の餌となる「汚れ」を残さないこと。この二つの視点を持つことが、効果的な防衛策の鍵となるのです。