ゲジゲジは人間を刺すこともなく、毒も持たず、病気を媒介することもない。それどころか、ゴキブリなどの害虫を捕食してくれる益虫です。その事実を頭では理解していても、多くの人が、生理的なレベルで彼らに強烈な恐怖や嫌悪感を抱いてしまいます。一体なぜ、私たちはこれほどまでにゲジゲジを恐れるのでしょうか。その理由は、彼らの持つ独特のフォルムと動きが、私たちの脳に深く刻み込まれた、本能的な警戒システムを激しく刺激するからだと考えられます。まず、その「無数の長い脚」が、私たちの認知能力に混乱を引き起こします。人間の脳は、パターン化されたものや、予測可能な動きをするものに対しては安心感を覚えます。しかし、ゲジゲジの三十本もの長い脚が、それぞれ独立しているかのように、しかし全体としては統制されて蠢く様は、私たちの脳にとって極めて異質で、理解しがたい情報です。この「理解不能なもの」「コントロール不能なもの」に対する感覚が、根源的な恐怖心へと直結するのです。これは、蜘蛛やタコなど、多くの脚を持つ他の生物に対しても、一部の人が同様の恐怖を感じるのと似ています。次に、その「予測不能なスピードと動き」も、恐怖を増幅させる大きな要因です。ゲジゲジは、静止している状態から、次の瞬間には視界から消えるほどのスピードで動き出します。その動きは直線的ではなく、壁や天井さえも立体的に使いこなし、どこへ向かうのか全く予測がつきません。この予測不能性は、私たちから空間に対する支配感や安全感を奪い去ります。いつどこから現れ、どこへ消えるかわからないという感覚は、常に警戒を強いられるストレスとなり、強い不安感を引き起こすのです。さらに、彼らが好む「暗く湿った場所」という生息環境も、私たちの恐怖心と無関係ではありません。暗闇や湿気は、古来より、危険な捕食者や病原菌が潜む場所として、私たちの祖先のDNAに警戒すべき対象としてインプットされています。ゲジゲジの姿を見ることは、そうした潜在的な危険の記憶を呼び覚まし、「不潔」「不気味」といったネガティブなイメージと結びつけてしまうのです。このように、ゲジゲジへの恐怖は、単なる見た目の問題だけでなく、人間の進化の過程で培われた、自己防衛のための本能的な反応であると言えるのかもしれません。