都内にある築20年のアパートの一室で、入居者の田中さん(仮名)は途方に暮れていました。ここ数ヶ月、部屋のあちこちで小さな黒い甲虫を見かけるようになり、ついには大切にしていたウールのコートに無数の穴が開いているのを発見したのです。犯人はヒメカツオブシムシ。彼は市販の燻煙剤を何度も使用しましたが、しばらくすると再び虫が現れるという、いたちごっこが続いていました。困り果てた田中さんは、管理会社に相談し、害虫駆除の専門家が調査に入ることになりました。専門家がまず注目したのは、田中さんの生活スタイルでした。彼は仕事が忙しく、掃除は週末にまとめて行う程度。クローゼットは衣類で満杯で、何年も着ていない服が奥に押し込まれていました。また、キッチンには頂き物の乾物やパスタが、購入時の袋のまま棚に置かれていました。調査の結果、主な発生源は二箇所特定されました。一つは、クローゼットの奥底にあった古いウールのブランケット。ホコリを被ったそれは、幼虫にとって絶好の繁殖場所となっていました。もう一つは、キッチンの棚の奥で忘れ去られていたペットフードのお試しパックでした。袋が僅かに破れ、そこから大量の幼虫が発生し、他の乾物へと広がっていたのです。専門家は、燻煙剤だけでは薬剤が届かないこれらの「聖域」が残っている限り、駆除は完了しないと説明しました。対策として、まず全ての衣類と食品を点検・整理し、不要なものを処分。被害品は熱処理を施しました。次に、空になったクローゼットとキッチン棚を徹底的に清掃し、残効性のある殺虫剤を要所に散布。最後に、全部屋を対象に燻煙処理を行いました。この事例が示すのは、ヒメカツオブシムシ駆除の難しさは、彼らの隠れる能力の高さにあるということです。目に見える成虫だけを追いかけても意味がなく、生活空間のどこかに潜む「発生源」を特定し、物理的に除去しない限り、問題は解決しないのです。田中さんはこの一件以来、こまめな清掃と整理整頓を心掛けるようになりました。