正直に告白すると、私はこの世の何よりも、あのゲジゲジという虫が苦手でした。無数に蠢く長い脚、予測不能な素早い動き、そして何より、あの禍々しいとさえ思えるフォルム。私にとって、それは恐怖の象徴そのものでした。インターネットで「ゲジゲジは益虫だ」という情報を何度読んでも、私の心には全く響きませんでした。ゴキブリを食べてくれる?結構です。そんな見返りは要らないから、どうか私の目の前にだけは現れないでほしい。そう固く願っていました。しかし、あの夏の夜、私の価値観は百八十度、覆されることになったのです。その夜、私はキッチンの隅で、宿敵である一匹のゴキブリと対峙していました。殺虫剤を片手に、息を殺して距離を詰めた、まさにその瞬間でした。壁の上の方から、黒い影が、まるで流星のように、しかし音もなく滑り落ちてきたのです。ゲジゲジでした。私の心臓は凍りつきました。ゴキブリとゲジゲジ、二つの恐怖に挟まれ、私は金縛りにあったように動けなくなりました。しかし、次の瞬間、私は信じられない光景を目の当たりにしました。ゲジゲジは、一切の躊躇なく、ゴキブリへと襲いかかったのです。その動きは、私がこれまで見てきた恐怖の対象としての動きとは全く異なっていました。それは、獲物を確実に仕留めるための、洗練されたハンターの動きでした。長い脚で巧みにゴキブリの動きを封じ込め、あっという間にその息の根を止めてしまいました。そして、誇らしげに獲物を抱え、再び壁の隙間へと、音もなく消えていったのです。あまりに一瞬の出来事に、私は呆然とその場に立ち尽くすしかありませんでした。残されたのは、静寂と、そして私の手の中で虚しく冷たくなった殺虫剤のスプレー缶だけ。あの夜、私は確かに見ました。害虫という悪を討ち滅ぼす、一人の孤高の騎士の姿を。以来、私は家の中でゲジゲジに遭遇しても、以前ほどパニックになることはなくなりました。心の中でそっと「パトロール、ご苦労さまです」と声をかけ、静かにその場を立ち去るようにしています。もちろん、今でもその見た目が好きになったわけではありません。しかし、彼らが益虫であるという事実を、私はこの目と心で、確かに理解したのです。